【大野将平ブログ】母校、SFC
2013.06.10
大野将平ブログ
ご無沙汰しております。
本日は私の母校である慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス、通称SFCに行って来ました。
4年間、ダンスばかりをして過ごしたキャンパスを歩きながら考えるのは、
「もっと勉強しておけば良かった」ということばかりでした。
多くの、そして学生想いの教授や講師、整った設備、豊富な時間。
この素晴らしい環境が、いかに恵まれたものであるか、当時の自分に教えてあげたい気持ちになりました。
さて、教室を覗くと・・・
学生が英語でプレゼンをしているクラス
韓国語のクラス
3?4人のグループに分かれてディスカッションをしているクラス
映像編集をしているクラス
勿論、どの学生もラップトップを開いていて、
ジュースやお菓子を傍らに置いている。
昔と変わらぬ、SFCの日常的な様子です。
2008年に卒業した環境情報学部という学部は、
どんな勉強をするところなのか分かりにくいと、よく言われます。
「問題発見、問題解決」「領域横断」というキーワードで説明されることが多いです。
ちょうど成績証明書を発行してきたので、一部をご紹介すると・・・
・プログラミング
・戦略的交渉論
・デザイン言語ワークショップ
・モダニズム美術史
・ビルディングエレメント論(建築技法)
・インドネシア語
・ウェアラブルメディアデザイン
・スポーツビジネス論
・慶應義塾入門
簡単な講義案内はこちらから。
このように多彩な領域の中で、興味を持った分野での研究を深め、
行き詰ったときには他領域での視点をヒントにする、というのが「領域横断」ということ。
最後に挙げた「慶應義塾入門」という授業は、
いくつかあるキャンパスの中で最も慶應色が薄く、
一部では「慶應大学ではなくSFC大学」と呼ばれている藤沢キャンパスの学生に、
慶應義塾とは何か、福沢諭吉先生の考え方とは如何なるものか、を
伝えるべくして開講された授業(だと解釈しています)です。
確かにこの授業が初めて開講された頃、應援指導部がよくSFCに来ていました。
この授業をなさっていた教授が、山内慶太さん。
いよいよオープンした、慶應義塾横浜初等部の校長です。
横浜初等部からSFC中高へ。
12年間のSFC的基礎教育が育むのは、
クリエイティブで視野の広い人間、
本当の意味での、グローバル人材だと、私は思います!
本日は私の母校である慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス、通称SFCに行って来ました。
4年間、ダンスばかりをして過ごしたキャンパスを歩きながら考えるのは、
「もっと勉強しておけば良かった」ということばかりでした。
多くの、そして学生想いの教授や講師、整った設備、豊富な時間。
この素晴らしい環境が、いかに恵まれたものであるか、当時の自分に教えてあげたい気持ちになりました。
さて、教室を覗くと・・・
学生が英語でプレゼンをしているクラス
韓国語のクラス
3?4人のグループに分かれてディスカッションをしているクラス
映像編集をしているクラス
勿論、どの学生もラップトップを開いていて、
ジュースやお菓子を傍らに置いている。
昔と変わらぬ、SFCの日常的な様子です。
2008年に卒業した環境情報学部という学部は、
どんな勉強をするところなのか分かりにくいと、よく言われます。
「問題発見、問題解決」「領域横断」というキーワードで説明されることが多いです。
ちょうど成績証明書を発行してきたので、一部をご紹介すると・・・
・プログラミング
・戦略的交渉論
・デザイン言語ワークショップ
・モダニズム美術史
・ビルディングエレメント論(建築技法)
・インドネシア語
・ウェアラブルメディアデザイン
・スポーツビジネス論
・慶應義塾入門
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このように多彩な領域の中で、興味を持った分野での研究を深め、
行き詰ったときには他領域での視点をヒントにする、というのが「領域横断」ということ。
最後に挙げた「慶應義塾入門」という授業は、
いくつかあるキャンパスの中で最も慶應色が薄く、
一部では「慶應大学ではなくSFC大学」と呼ばれている藤沢キャンパスの学生に、
慶應義塾とは何か、福沢諭吉先生の考え方とは如何なるものか、を
伝えるべくして開講された授業(だと解釈しています)です。
確かにこの授業が初めて開講された頃、應援指導部がよくSFCに来ていました。
この授業をなさっていた教授が、山内慶太さん。
いよいよオープンした、慶應義塾横浜初等部の校長です。
横浜初等部からSFC中高へ。
12年間のSFC的基礎教育が育むのは、
クリエイティブで視野の広い人間、
本当の意味での、グローバル人材だと、私は思います!
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